『保育園落ちた』と『日本死ね』

こんにちは。ひとのもりのウォトです。

今年の流行語に『保育園落ちた日本死ね』がランクインして、ニュースの見出しに「日本死ね」がたくさん見られるのだけれど…

議論されるべき問題の見当外れさに、なんだかなーて感じ。

まぁ、「ことば」に与えられる賞なので、そうなってしまうのも少しは分かる。

でもねっ!ねぇ?

あまりにも「日本死ね」だけに固執した議論しか見えてこないから、このブログを日本語の使い方の問題としてしか見れない人、「日本死ね」でしか議論できない人は、本当にブログちゃんと読んでない人だってのはほんとだと感じてしまうわ。

審査員の中に俵万智さんがいて、ことばのプロとして集中的に批判を浴びているようだけど、「日本死ね」というワードそのものを評価したわけでなくて、そこに込められたいろいろな事象をちゃんと捉えての選考だと思う。

つるの剛士さんなんかは、「日本死ね」を見て悲しい気持ちになったそうだけど、悲しい気持ちを向けるべきは「保育園落ちた」の方であってほしかった。イクメンタレントなんだから。

「日本死ね」はヘイトスピーチだ!みたいなことを言ってる方もいるようですが…。うん、たしかに、良くない日本語だと思うし、ある意味とげとげしい悪意も入ってるけど、そこの話に終始して、保育園落ちたあの親子を救うにはどうしたらいいかを話せないひとは最初からこの話題につっこんでこない方がいいよ。

というわけで、『日本死ね』はもういいから、『保育園落ちた』の方でお話しましょう。

以上。ウォトでした。

本質が隠れちゃってもったいない。