「もやもや」してほしい

森のようちえんの降園後、スタッフで集まってミーティングをしています。

僕が聴くようにしているのは、印象的だったこどもの姿とそのとき感じた気持ち。

そして、自分がどう動いたか。

森のようちえんでは、こどもを見守り、待つというスタンスで関わります。

それができると、こどもの姿をじっくり観察しながら考えるという時間に出会います。

この時間が、僕にとって森のようちえんの醍醐味。美味しいところ。

その瞬間は、感動や気づき、迷いや後悔などさまざまな感情をこちらに与えてくれます。

その中でも僕が格段に好きなのは「もやもや」

「あのとき、自分はどうすればよかったのだろう…」

正解のない問いの中、自分だけの答えを探しに霧の中。

今回は、カッターを手に持った3歳児がもやもやさせてくれた。

どう寄り添うか、どこまで見守るか、いつ声をかけるか、どんな言葉をかけるか、どこまでやったら止める?、怪我するかも、正しい使い方教える?・・・

いろんな問いと選択肢が浮かんでくる。

僕がそのとき選んだのは、すぐとなりまで行って、笑顔で見守るというもの。カッターが馴染みのないものだろうから、刃が切れるものであることは伝えた。すぐとなりにいるので相当危険な場合はすぐ止められる。

結果、その子の遊びを止めることなく、かつ怪我もなく遊びは続行した。

その子が次にやったのは、制作用に置いてあったボンドを豪快に大量に使いまくること。

一見もったいないその使い方。

そこでもまた浮かぶ。

どうする?適量を伝える?適量って何?彼は何をしようとしている?ボンドってくっつけるだけのもの?クリームに見立ててる?どれだけ使うんだろう?ボンドあとどれくらいあったっけ?…

僕の選択は変わらず、笑顔で見守ること。特になにも言わなかった。

判断基準にしたのは、このボンドを何のために用意してあったのかというところ。

その答えは、こどもが遊び込むための素材。そこに使い方は決まっていない。

と、この思考が整ったところで、そのボンドの使い方はもったいなくはないなと思った。

むしろたった数百円のコストでその子が満足して制作を終えられることのほうがはるかに意義深い。

みたいなことを考えながら、森のようちえんでこどもと接している。

スタッフもまた、目の前のこども達の姿にいろんな場面でもやもやしてくれていて、その話をミーティングでシェアする時間がすごく好き。いい話たくさん聞けるので、その話もまたどこかに記録していこう。

みんな、もっと「もやもや」しよう。